グーデリアン物語1-3

1-3
「青猫のアリア」


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 湖面から照り返す夕日の朱が、天然の照明となって青天井の舞台を照らしている。
 その上で狐族のヴァイオリン弾きが、目の回りそうなテンポのピッチカートを、死にもの狂いで奏でていた。
 舞台の中央で…たまに客席の中で…飛び跳ね踊るマーイのステップに合わせるのには、弓など使っていられない。
 大きな喝采の後、客席が水を打ったように静まり、舞台裏にいた団長の紅薔薇・ロゼが、ふわりと微笑んだ。
「野兎ちゃんの独唱が始まるのね」
 狐族の象徴である太い尻尾が、上機嫌に大きく揺れている。
「やっぱり大きい町だと客の入りが違うわ」
ダミヤはグーデリアン第三の都市だ。興行が成功すれば収入は大きい。
「あら母さま、新しい出し物のお蔭じゃなくて?」
かたわらでベラドンナが無邪気に笑う。と、ロゼの眉がヒクっと引き吊った。
「『お姉さま』とお呼び、ベラ」
「はぁい」
 ベラドンナは肩をすくめて苦笑いをした。
 ロゼは眉を戻し、小さく息を吐いた。
「でも、言っている事は正しいわね。客の入りがいいのは、可愛い猫さんたちのお蔭。…あの娘たち、ずっとうちに居てくれたらいいのに」
 舞台の上で、ケティの喉が望郷の歌を奏で始めた。静まり返った観客席に、柔らかな歌声が染みて行く。
「いてくれるわよ。さっきだって、これから何をやろう、って、出し物の事ばっかり考えてたし」
 ベラドンナは底抜けに明るい。しかしロゼの唇からは深いため息が漏れた。
「故郷のある人間は、旅を続けられないわ」
 客席から故郷を捨てた人間達のすすり泣きが聞こえていた。


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