グーデリアン物語1-6

1-6
「旅人達のトゥッティ」


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 東の空が白み始めた。『団員居住区』は、湖を渡る風が運ぶ濃い霧に埋没している。
 昨晩、
「酔いが抜けたらもう一度捜すから」
と、ロゼは言った。
だがケティはそれを待っていられなかった。
『要は、東南に向かえばいいんだ。光が指した方向に進めばいいんだから、地図なんかなくても、何とかなる。…多分…』
 無謀は百も承知だった。だが、じっとしていられなかった。何か行動しなければいけないのだ、と駆り立てる内なる衝動が、彼女の身体を占領していた。
 馬車を降りたケティの周りを、冷たい霧が取り巻いた。その白いスクリーンに、彼女の影法師が映っていた。
 大きなブーメランを背負い、わずかな保存食を腰に巻き付け、ケティ=モーリスは、その影を追い駆け始めた。誰にも声を掛けずに、白い光が…獣主・カザリーヌが…指し示したその先を目指して、たった一人で旅立った。
『まずは西。「石の壁」に当たったら、南下しよう。それからの事は…歩きながら考える』
 マーイが目を覚ましたら、泣きわめくに違いない。
 ファルシオンはなだめるのに苦心するだろう。
 ベラドンナも騒ぎ立てるに決まってる。ロゼと喧嘩を始めるかも知れない。
 そしたらアルバートはどうするだろう?
「放浪者…」
ケティは胸の奥に、小さな痛みを感じた。
 彼に断わらずに出て来た事だけが、酷く後ろめたかった。

 どれくらい歩いただろう。
 ふっと振り返ったケティの目に、そそり立つ『聖なる頂』と、その足元できらめく湖が、おぼろ気に映った。
 あのほとりに、『移動遊園地』が息づいているのだ。
「いつの間に…こんなに遠くまで…」
 こみ上げて来る寂しさを、頭を振って払うと、ケティは勢いよく掛けだした。
 道らしい道はない。獣道に毛が生えたような細い道は、山裾の森中へと続いていた。
 うっそうと茂る森は、悲しくなるほど静かだった。ただ、枝を渡る重い風音と、遠くから近付いて来る馬車の蹄音だけが聞こえる。
「…馬…車…?」
森の入り口辺りですら馬2頭行き違うのがやっとの道幅で、奥に行けばそれすらも出来なくなりそうな、わだちもない悪路に、誰が好き好んで馬車を走らせているのだろう。
 ケティが不審を感じるのは、至極当然の事だ。そして至極当然に彼女は振り返り、今来た道に目をこらした。
 木漏れ日の中を、一頭立ての幌馬車が駆けてくるのが見える。
 何処かで見たような馬と、何処かで見たような幌と、何処かで見たような御者が、彼女を硬直させた。
 古びた小さな幌馬車は、ケティの目の前で止まった。
 操縦台の黒づくめの御者は、尖った耳を不機嫌に伏せていた。
 ケティは目を疑った。
「放…浪者? 何故、ここに…?」
 アルバートは低くうなるような声で、
「忘れ物だ」
と、後方を指した。
 操縦台の背後にある、小さな布の窓から、白い腕が突き出た。腕はすぐに中に引っ込んだが、それが何かを握っていたのは、ハッキリと見えた。
「地図?」
 ケティがつぶやくのとほとんど同時に、馬車の中からも大声のつぶやきが聞こえた。
「冗談じゃないわよ。ヒトが酔いつぶれている間に、勝手に出て行くなんて」
「ホントにしつれぇだわよ。マーイのことまでおいてゆくんだもの。ひどすぎるわ」
「けが人が、主治医に黙って遠出なんかしていいと思っているのかい?」
 各々言いたいことを言いながら、馬車から3人の「忘れ物」達が飛び降りた。
 水晶の薔薇・ベラドンナは、二日酔いでふらつく頭を抱えながら、どろんとした目でケティをにらみ付けている。
 春風・マーイは、泣きはらして真っ赤になった目と鼻をぐずぐすと擦りながら、ケティの足元に駆け寄り、しがみついた。
 ファルシオン=H=ノースは、生あくびをしながらも、心配そうな眼差しを彼女の右腕に注いでいる。
 そして放浪者・アルバート=K=フェルンは、何も言わず、ケティの腕を掴み、小柄な彼女を操縦台の上に引っ張り上げた。
 口をつぐむアルバートの横顔に、野兎・ケティ=モーリスは謝ろうとした。彼に何も言わずに旅団を出てしまったこと、そしてわざわざ迎えに来てくれたことに、謝り、感謝しようと口を開きかけた。
 だがアルバートは、彼女の「言い訳」を聞いてくれなかった。
 彼は、黒く透き通った瞳で彼女をにらみつけ、呆れ口調で言った。
「道が違う。ここからでは、山を越えられない。…無茶も大概にしておけ」
「あたし、みんなに迷惑をかけたくなくて…それで…」
「俺達は、そんなに頼りにならないか?」
「あたし、そんな…」
「頼りにして欲しい。俺はお前に頼られるのが、嫌いではない」
 そう言うと、彼は手綱を操り、馬を180度転換させ、大きく鞭を振った。
「いちど、湖畔に戻る。湖を渡った方が近いはずだ」
「近いって、何処に?」
「100年前の地図に『猫族の聖地』と注釈がついていた所。…ホーンテッド山とかいう場所」
 鞭を喰らった馬が、力強く大地を蹴った。5人の「勇者予備軍」を乗せた馬車は、勢いよく駆け出した。


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