グーデリアン物語2-3

2-3
「英傑伝」

MENU


 馬車を『返して』湖畔に戻ってきたケティ達の目に一番最初に飛び込んできたのは、荷物を乗せ帆を張った出航準備万端の筏と、それを遠巻きにながめている二人の「乗組員」の姿だった。
 筏の上にいるのはただ独り、マーイだけだった。彼女は天に手をかざして、歌詞を聞き取ることのできない歌を詠唱っていた。
 喉ではなく魂で、口ではなく心で唱う歌…それは精霊に捧げる「呪歌」だった。
「何事?」
 ケティは真剣に見物しているアルバートに問いかけた。
「こっちが聞きたい」
彼は髪を掻き上げながら眉をしかめた。
「今の時期に吹くのは南風で、向こう岸に行くには逆風。どうしても船足が遅くなる…と言った途端に詠唱い始めた。どうやら『天候操作』の呪歌に聞こえるが…あのチビがあんな高等な術を使えるのか?」
「使えるかどうかは知らない。でも、契約だけは、色々な精霊としてあるらしい。あれでも、あの仔の部族の宮巫候補筆頭だから」
 ケティの説明でアルバートの眉間のしわは一層深くなった。
 宮巫とは、文字通り神宮にいる巫のことだ。
 精霊と祖先とを奉り、獣主の御言葉を聞き取って伝え、一族と部落を守り導く役目を負った特殊な、そして高貴なシャーマンである。
 であるから、普通宮巫は自身の一族が住む集落から出ることはない。
「だから、今の内に『修行の旅』に出ておくんだ、って屁理屈こねてくっついて来た」
ケティが苦笑いすると、アルバートも
「我々は家出人の集まりってことか」
と、苦笑した。彼の視線は遊学と称して家を飛び出した放蕩息子に向けられていた。
「君もそうなら、全員そう。あたしも家出扱いにされちゃったし」
ケティは気ままと唐突で親元を離れた道楽娘をにらんだ。
 その時、一陣の澄んだ風が吹いた。
 北の大地から吹く優しい風が、鏡のようだった湖面に穏やかな波を立て始めた。
「よおし、せいこう。…やっぱりわたしってば、てんさいだわ」
マーイは腰に手を当てると、満面の笑みを浮かべた。
『察するに、ぶっつけ本番』
 ケティは吹き出しそうになるのをぐっと堪えて「てんさいシャーマン」に近寄った。
「この風、どれくらいもつの?」
 マーイは得意そうな仁王立ちで、胸を張って答えた。
「1時間くらい、だとおもう。よくわかンないケド」
「1時間でも2時間でも大して変わらないよ。だって結局、元に戻っちゃうんだろう?」
 そう言いながら、ファルシオンは筏に飛び乗った。
「そうだな。どの道、渡りきれんだろうから…」
アルバートも筏に乗り込んだ。
「…風が止むまでに進めるところまで行くぞ」
「そうだね。行こう」
 ケティとベラドンナが乗ると、アルバートは竿で岸の岩を押した。
 帆に風をはらませた小さな筏は、ゆっくりと湖面を滑り出した。


MENU
HOMEPAGE