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「カザリーヌの神託」

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 ケティは白い砂浜で意識を取り戻した。どれくらいの時が過ぎたのか正確なところは解らないが、空に半月と星とが輝いてるのを見ると、少なくとも6・7時間は過っているのだろう。
 嵐は去っていた。風はない。雷鳴も、波音も、声も、物音も、何も聞こえない。
「う、うう…」
 酷く痛む頭を2・3度振ると、ケティはゆっくりと立ち上がった。
 月明かりに照らされて見えるのは、嘘のように静まり返っている湖面と、足元の白い砂、そして背後に広がる森の木々…冷たい無機質ばかりだった。
『誰も…いない?』
「誰か、返事をして!」
 そう叫んで、ケティは愕然とした。声が、叫んだ筈の自分の声が、聞こえないのだ。
『声が、出ない!?』
 彼女は息を呑み、自分の口を手で覆った。「声…」
彼女の指は、確実に動いている唇が触れ、声に振動している呼気を感じ取った。
『声は出ている…。耳が、耳が聞こえない!』
 耳の奥で、キィィンという金属じみた音が鳴っている。しかしそれ以外の「音」は、全く聞こえない。
「どうして? どうして?!」
 自分には聞こえない叫びを上げながら、ケティは闇雲に走りだした。不安で脳味噌が弾けそうだった。
「誰か! 誰か! マーイ! ファル! ベラ! 聞こえない! 聞こえないよ! 放浪者ァァ!!」
 ケティは森の中に迷い込み、低い潅木や茂みをなぎ倒しながら、その奥へ突き進んだ。
「放浪者! 何処にいるの! …あっ!」
 原生林の足元は、酷く荒れている。ケティは地面から大きく突き出た太い木の根に足を取られ、派手に転んだ。
 ケティは手近に立っていた細い木にすがって、ゆっくりと立ち上がった。頭はくらくらとまわり、目が霞んだ。
 顔を上げると、うっそうと茂った潅木の枝葉のほんの小さな隙間から、何か光るものが見える。
 ケティは吸い寄せられるように、その隙間をのぞき込んだ。
 潅木の向こう側には、人がいた。人影は一つしか見えないが、気配は二つ感じられた。
 見える方の人間は、黒っぽい装束を着ている。彼は小さな石柱の前にひざまずいていた。その口元は、ハッキリと動いている。どうやらケティからは見えないところにいるもう一人と会話をしているらしい。
 ケティは霞む目を凝らして人影を見た。
 月明かりに青く光る髪…、尖った耳…、彫りの深い顔…。
「放…浪者」
 ケティは茂みをかき分けた。  アルバートは静かに立ち上がって、彼女に駆け寄った。口が、不安そうに動いている。
「聞こえない…。聞こえないんだ…」
 ケティはボロボロと泣きながらアルバートの胸に顔を埋めた。
 そしてそのまま、彼女は再び気を失った。


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