グーデリアン物語3-2
3-2
「Offspring」
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月明かりが窓を通過して、ケティの膝元を照らしている。
ケティは、しかめっ面で頭を掻いているアルバートを、じっと見た。
「チビ共は対岸に流された」
聞けないでいた疑問に、彼が答えてくれた。…平静を保ったつもりなのだが、どうやら顔に出てしまったようだ。
不安の淡い光が揺れている碧がかった瞳を見続けることは、アルバートにはできなかった。
彼はふっと目を伏せて、付け足した。
「…らしい」
「あら。『坊や』ったら、母親の術が信じられないっていう訳?」
彼の母親…フェルン夫人、とでも呼ぼうか…は、少女のようにひねた口調で、一人息子の耳をつねった。
「見た者は信じようが、見ていない者は信じないだろう」
アルバートは耳を引っ張られるままにさせている。抵抗する気にもならないらしい。
「うん…なるほど。『坊や』は父親似にて、理屈をこねるのが巧いわぁ」
ケラケラと小気味良く笑うと、彼女は小さく詠い始めた。
だがそれは、歌の範疇を著しく逸脱している。
…良く晴れた昼下がり、心地よい風に吹かれ洗濯物を干しながら、何気なく口を吐く気軽な鼻歌…にすら聞こえる。
「るん♪」
ひとしきり吟じ終えると、フェルン夫人は両手を大きく開いた。
瞬間、景色が変わった。
古びた丸太小屋の内装が消えた。
薄暗い森の奥が表れた。
暖かく、心地よかった室内の空気が、冷たく、重い湿地のそれに変化した。
大粒の雨が枝葉を打つ音がする。
まるで、天の連弩がそのあたりに集中砲火を喰らわしているかのような、激しい雨音だ。
そして、微かに声が聞こえた。
『なにが「天才シャーマン」よぉっ!』
『一どや二ど、しっぱいしたくらいで、大ごえ出さないでよ。このじゅつは、すごくむつかしいンだから』
『お言葉ですけど「天才」さん、もう四回は失敗してるんだけども…』
『男なら、こまかいすう字にこだわったらダメよ』
『そうよ、一度も二度も三度も四度も同じことだわっ。失敗ったら、失敗!』
『うるさいなぁ。…ええぇい、三ど目の正じきっ』
『だから、五度目、だってば』
『タコ助。かんようく、っていうのをしらないの!? …どーでもいいから、しずかにしてて!』
狐一匹、猫一匹、蛸一匹による、喧々囂々、侃々諤々だ。
それらは、高く太い樹の根本で、雨の弾丸を避けるのに躍起になっていた。
「これは…?」
その風景は、違和感のある、現実味のないものだった。
フェルン夫人が笑う。
「偉大なる森の精霊に頼みし我が子らの近況報告…とでも、言っとこうか」