グーデリアン物語3-5

3-6
【advocate】

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 東の空が白み始めた。
 白い湖岸の砂浜は、唐突な竜巻と、それが運んできた巨大なモノによって、ひどく荒らされていた。
「虎族には虎族の考え方がある。それは認めよう。だけれども、私は銃を兵器として使うことを…許せない」
 フェルン夫人は、辛うじて虫の息をしている虎族を見下ろし、唸った。
「銃は弱い者でも扱える。わずかな労力で、強い者に打ち勝つことができる。そしてそれが己の実力であると、錯覚させる。弱い者が、弱い故に、増長する」
「たす…け……た…すけ…て…くれ…」
 血を吐きながら、虎族のガンマンが哀願する。
「イヤだね」
 冷徹な答えが返る。
「助けるくらいなら、最初から雷なんか落としゃしない。竜巻で引っ張ってきたりもしないさ」
「たす…」
 虎の首が、がくりと落ちた。
 それを合図としたかのように、湖面が荒立ち、大きな波が湖岸を襲った。
 総身にまとっていた火器が、落雷によって炸裂し、その為に絶命した虎族の死骸は、多量の砂と共に湖底へと引きずり込まれた。
 ケティは、息を呑んでその様を見ていた。
 アルバートも無言で立っている。彼の顔には、母親に対する同意が滲み出ていた。
「野兎・ケティ・モーリス」
 フェルン夫人は険しい顔のままケティに向き返った。
「不服が、ありそうだね」
「…はい…」
「言ってごらん」
「弱い者は、強い者に立ち向かってはいけないのですか? 弱い者は、強くなろうとしてはいけないのですか?」
「誰も、そんなことは言っちゃいない」
「でも…」
「逆立ちしたって自分にゃできないことを、あっさりとやってくれる道具を、簡単に、気軽に扱っちゃいけない、って言ってるのさ。道具ってのは、手の延長であるべきなんだよ。…手でつかむ代わりに、スプーンですくう。手で掘り起こす代わりに、鍬を振るう。素手でぶん殴る代わりに、剣で斬りつける。…自分が今何をしているかを、手で感じ取れる…それが、道具って物さ。でも、銃にはそれがない。引き金を引いた軽い感覚と、飛び出た弾が奪った命の重さとが釣り合わない」
「それじゃぁ、弱い者はどうやって生きて行けば良いんですか? 強者に蹂躙されても、反撃の術が無い者達は?」
「簡単さ」
 フェルン夫人は、元の陽気な笑顔になった。
「強い味方を付ければいい…。遠い昔、猫族のが狼族の勇者と盟約を結んだ時のように。かつて、お前さんの先祖が、獣主と契約を結んだ時のように」
 フェルン夫人の指先が、ケティの胸元に触れた。
 指の下…服の中…から、目映い光がほとばしり出る。
 一条の光は、陽光を突き抜け、東南を指して輝いている。
「約束の日は近い」
「約束の…日?」
「契約の期限さ。更新手続きをしないといけない…ま、二百年も前のハナシだから、ちゃんとした伝承は成されていないようだけど」
「え…あ…。なぜ、お義母さまがそんなことを…?」
 ケティの問いに、答えは返って来なかった。
 夫人はせがれに目を向けていた。
「武器類は全部没収する。…何度も言わせないでもらいたいよ、喧嘩は拳固でやるのが一番良いんだ。強いヤツは特にね。他の荷物は全部『向こう側』らしいし…坊や、手ぶらで行きな」
 アルバートは舌打ちしながらうなづいた。
「よろしい」
 満足そうにうなづくと、フェルン夫人は湖面に右腕を差し出した。
 指先から、蒼い光が溢れ出た。冷たい光だった。
 それは見た目に冷たいだけではなく、物理的にも極度の低温を帯びていた。
 真っ直ぐに伸びた光が、湖面に一本の氷の道を造り出すほどの冷気である。
「『連中』…いくらなんでも、朝昼抜かしゃおやつの時間ぐらいには目を覚ますだろう。それまでに合流するこったね」
 言い終わらない内に、夫人はケティとアルバートの背を、思い切り突いた。
 ケティが振り返ると、彼女は二人に背を向けていた。
 寂しそうな後ろ姿だった。
「行くぞ」
 アルバートに腕を引かれ、歩きながら、ケティは何度も振り返った。
 湖面には、いつしか霧が漂い始めた。
 いや、もしかすると、フェルン夫人の術による霧かも知れない。
「不思議な女性だね、君のお母様」
 アルバートは母の方へ振り向くことも、同行者の顔を見やることもなく、ただ短く、
「そうか?」
と、言った。
「だって、あれだけの技量があるのに、部族を離れて暮らすなんて」
「親父の事も…あるかも知れん」
「…人間族と結婚したから、部族を追われたとか?」
「詳しいことは、俺も知らん。俺が知っているのは、アレが俺を産み、育ててくれた人だ、ということだけだ。それ以上のことは、知る必要もないから、あえて聞いたりはしていない」
「…ふぅん」
 氷の道は長く続いていた。
 陽光が頭の上から照りつけ出した頃、ようやく対岸が見えてきた。
 ケティはフッと立ち止まり、今来た道を返り見た。
 霧の向こうに、大きな島影…天を突く巨大な山のシルエット…が見える。
「おい」
 アルバートが彼女の腕を引いても動かず、ぼそっと、つぶやいた。
「ねえ…あそこって、もしかして…聖なる頂の…麓だったりしたの?」
 アルバートの答えは簡潔だった。
「ああ」
「君のお母様って…何者?」
「知らん」
 彼はケティの腕を放すと、独り先に進んだ。
 ケティは後を追う以外に何もできなかった。



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