Bea-Kid'sグーデリアン物語。
《エピソード4》
<追跡者>
4-1
「ノヴェル・ノアール《1》」


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 馬が、断末魔のいななきを上げた。
 横倒しになった馬車は、その積み荷…金貨十万枚、紙幣一万枚…を全て、乾いた大地の 上にまき散らした。
「出やがったな、泥棒猫ども!」
 黄色い土埃の中から身を起こしたのは、およそ正規の警備員には見えない、二人ばかり のガンマンだった。
 二つの銃口は、彼らを取り囲む一ダースの雑魚にではなく、はるか前方の砂塵の中に起 立する、馬上の将に向けられている。
 肩幅の広い、上背のある、美丈夫。
 金色の髪が逆巻く頭頂に、丸い猫科の獣の耳があった。
 日の元にさらされた上半身にも、革の乗馬ズボンに隠された下半身にも、筋肉の鎧がま とわれている。
 彼の無造作に結い編まれた金髪と、その騎馬の良くくしけずられた真紅のたてがみとが、 熱い風にあおられ、炎のように揺れていた。
「毛物(けだもの)野郎がぁっ!」
「くそったれぇっ!」
 二つの銃口から打ち出された弾丸は、赤毛の蹄の下を虚しく抜けて行った。
 赤毛は、天馬のごとき跳躍で、その主を『獲物』の眼前へと運んだ。
 それは美しい光景だった。
 玉鋼のように柔らかく鋭い笑顔に、ガンマン達は目を奪われた。
 刹那。
 長大な剣が、彼らの魂を断ち切っていた。

 一見、何もない森だ。
 例えば羽根のあるモノが天空から垣間見たとしても、そこに広大な建物があるとは気付 かないかもしれない。
 その屋敷…いや、城と呼んだ方が良いかもしれない…は「歪み」に埋没していた。
 強制的に創られた「死角」は建造物を取り巻き、そこに住まう者の吐息の一つすら、外 界に漏らすことがない。
 ここは「白銀の森」の外れ。聖なる湖から離れた、石の壁山脈の麓(ふもと)である。 「長(おさ)は?」
 日に灼けた胸板に返り血を飾った虎族の戦士(ファイター)が、老いた同胞に訊(たず) ねた。
 体中古傷だらけの隠居戦士は、わずかに残った左の親指で、城の深層を指し示した。
「また、魔術とやらの研究か…。妙な物に取り憑(つ)かれたものよな」
「じゃが、その妙な物のおかげで、ワシらのアジトには誰も手を出せずにいる。ありがた いことじゃて」
 シワと古傷とで覆われた隠居戦士の顔がゆがむ。どうやら、笑っているらしい。
 戦士は舌打ちした。
「手出しする莫迦(ばか)は、全部叩っ斬ればいい。簡単なことじゃないか」
「そうはいかないから、世の中面白い」
 バルブから漏れる蒸気のように、湿って引きつった笑い声を、隠居戦士が立てた。
 若い戦士はもう一度舌打ちすると、『妙な物に取り憑かれた』彼らの長の居る闇の中へ、 進んで行った。

 六角形の部屋には、鼻を突く異臭と、引き込まれそうな闇が、充満していた。
 その中心に、かすかな光がただよっている。
 暖かさのない、青白い光。
 それが、口をきいた。
『汝(なんじ)、なにゆえ吾(われ)を呼ぶか?』
 闇の中にひざまずく誰かが答えた。
「我、汝が力を欲するゆえ」
『汝、なにゆえ吾の力を求むるか?』
「我、汝が力を使わんがため」
『汝、なにゆえ吾の力を用せしか?』
「…」
 闇は、答えない。
『汝が答えぬなら、吾が語ろう』
 光が、わずかにふくらんだ。
『汝は我欲をもって吾を呼び、我欲を満たさんがために吾の力を欲し、我欲を達っさんが ために吾の力を用いんとしている』
 闇の中の男の尖った牙を秘めた口元に、笑みが浮かんだ。鋭くよどんだ目が、青白い光 を見据えている。
『吾は汝を拒絶する』
 光は膨張した。
 そして、八方にはじけ、消えた。
「ふん」
 闇が、ぞろりと動いた。
「もったいを付けおって…。この程度の攻撃力ならば、こちらから願い下げよ」
 でっぷりと太った、大柄な虎族の男の総身の、数え切れない小さな傷…まるで、細い針 に射抜かれたような…から、血がにじみ出ている。
 その出血は、すぐに止まった。傷口も、跡形無く消えた。
 重い空気のよどみを見つめたまま、彼は怒鳴った。
「ガーシュイン、また単独で動いたな!」
 ドアの外で、金髪の若い戦士が身を縮めた。
「獲物は!?」
「金貨で10万、紙幣で1万」
 紅い閃光・ガーシュインは、獲物の量にも、そして質にも不満足げにこ答えた。
「まあ、良しとするか」
 ドアが開いた。
 流れ虎族の長、波立つ大地・ジュグラーの巨体が、闇を裂いて現れた。
「長、あんなモノ集めて、どうなさるンです?」
 ふつう、獣人は金(カネ)には興味を示さないものだ。
 だが、ジュグラーはあえて「それを集めろ」と命じている。
「紙幣は捨てろ。…いや、炉の焚き口にくべたが良い。あれはインクが乗っかっている分、 火力が強い。金貨は炉の中へ放り込め」
「炉? 火力?」
「金貨…あれは、かなり純度の高い金(きん)だ。捕虜共をつかって金鉱(あな)掘りを させるより、人間共が精製してくれたヤツを、たんまりいただいてくる方が、ずうっと楽、 だろう?」
 眉間に疑問のシワをよせるガーシュインの鼻先で、ジュグラーがニタリと笑った。
「金が奇麗なモンだ、っていうのは、俺にもわかります。キラキラしててね。でも、集め て、溶かして、何をこさえるおつもりなんです?」
 答えは返らない。
 代わりに、ジュグラーの笑みが穏和なものに変化した。
 彼は、柔和な表情の下に残虐を秘めるのを常としている。
「お前は、わしの命令を聞かず、一人で金貨を『もらい』に行った。そうだな、ガーシュ イン?」
「は…い」
 巨躯の戦士が脂汗をかき、喘ぐように答えた。
「今後は慎むことだ。お前は金集めから外す事にする」
 ガーシュインは恐怖の中に不満をのぞかせた。
 彼は戦い…あるいは殺戮…を好んでいる。
 今日の「命令違反」も、たぎる暴力の血を抑えかねての故、であった。
「虫けら相手の金集めよりは、それほど楽しくはあるまい?」
 ジュグラーはガーシュインの心理を読み切っていた。
 この「他人の心を読みとる力」が、ジュグラーを一族の長にしていると言って良い。… そればかりではなく、若き日の彼の武勇が、理由の一端にある事は確かではあるが。
「もっと、斬り甲斐のある相手と戦いたい…そう、思うだろう?」
「それは、もう!」
 恐怖も不満も吹き飛んだ愉悦(ゆえつ)の顔で、ガーシュインは応えた。
「青い闘神」


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