グーデリアン物語4-2

4-2
「ノヴェル・ノアール《2》」

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 ジュグラーの一言に、ガーシュインは驚いた。
 『青い闘神』は、猫族一の勇者である。
 小柄な猫族でありながら、狼族・熊族はもちろんのこと、虎族とも対等に渡り合う武力を持っている…という噂である。
 だが。
「ヤツは、東の群の『鋭き牙』が、相打ちに持ち込んだと、聞きましたが?」
「この通り名は、世襲だ。ローガン(『鋭き牙』の本名)が先代を倒した後、その嗣子が名を継いでいる」
 言いながら、ジュグラーは己の身体の前に、青白い光の板を召還した。
 真言魔術の精神体本である。
 獣人には使えないハズの術を、この太った虎族が操っている。
 彼が、何処で、どのようにして、真言魔術を覚えたのか、誰も知らない。
 しかし、皆が知っている。
『我々の長は、事を成すのには手段を選ばない』
 と、いう事を。
 ともかく。
 ジュグラーがそのページを念読すると、中空に一枚の鏡が浮かび上がった。
 「遠見の鏡」という術だった。
 ただし、ジュグラーの手によって、相当に「改良」されているらしい。
 本来ならば、さながら一つのカメラで中継をしているような映像を「鏡」に映す術である。
 だが、ジュグラーの作り出した「鏡」は、地面に水平にただよい、上に向かって光を放っている。
 立体映像を、である。
 映し出されているのは、少女だった。  小柄な、可憐な、青毛猫族の少女だった。
「長、まさか、この小娘が…」
「今の『青い闘神』だ」
「冗談がキツ過ぎですぜ、長。こんなガキ相手なら、ヘボガンマン叩き斬ってた方が…」
「口答えするか。随分と偉くなったな、ガーシュイン」
「いえ、そんなつもりは…」
 無敵の戦士が、背筋を凍らせた。
「人は、見かけによらぬ。…この続き、見るが良い」
 映像の少女は、薄衣をまとって歌い始めた。
 その歌声までは、残念なことにこの術では聞くことができなのだが、それが熱唱であることは、見て取れる。
 と。
 少女の身体が淡い光に包まれた。
 優しい光は、やがて人の形を成し、少女を抱きしめた。
「これはっ!?」
「獣主…ビー・マスター様の篤い加護を、この小娘は享受(きょうじゅ)している。ただのガキではないぞ」
 映像が切り替わった。
 深夜である。
 幾人もの虎族に囲まれた青毛猫族の少女が、その内の一人を、ただの一矢で射殺した。  別の猫族の少女…こちらは白毛族だった…と狐族の女が、呪歌で、やはり一撃の下に一人ずつ倒している。
 さらに、黒毛の狼族の男が、素手で虎族を捕らえた。
「お供も強いな」
 ジュグラーが楽しげに笑う。
 さらに映像が替わる。
 これも、夜…宵の口だ。
 青毛猫族の少女の胸で、大きなペンダントが輝いている。
 比喩(ひゆ)ではない。
 その、獣主の横顔が彫られたペンダントは、本当に光を発している。
 一筋の光を、まっすぐ東南に向けて放っている。
 映像は、そこで途切れた。
 鏡も、精神体本のページも、消えた。
「おかしな話だ。これ以降、どんなに術をかけても、この小娘の姿を捕らえることができない。…東南に向けて出立した、というのは読めるのだが…。だから、ケイブとグリズリーに追わせていた」
 長の言葉の端に出た二つの名前を聞いて、ガーシュインは舌打ちした。
 ガーシュインは剣を武器に戦い、それを誇りとする、純粋な「獣人戦士」だった。
 ところが。
 長はケイブとグリズリーに「銃」を持たせていた。
「弱い奴には強い武器だ。連中、真っ当に戦うには弱すぎる。わしは弱い手駒を必要としておらん」
 それがジュグラーの弁であった。
 それを、ガーシュインは嫌った。
 長の命に従うのは当然の事だ。
 彼が嫌ったのは長の弁そのものではない。自分は長に逆らう気はないし、むしろ長の考えに同意している。
 二人は弱すぎた。
 ガーシュインを100とすると、二人は15,6の強さしか持たない。…普通の「人間」は、1の力もないのだが…。
 だから、二人に「強い武器」が与えられることには、異論がなかった。
 ただ二人が、それを乱射することに快感を覚えたのが気に入らない。
 ガーシュインが「殺戮」を好むのは、そこに「確かにこの魂を奪った」という手応えを感ずるからだった。
 だから、剣を愛用する。
 弓も得意だが、あれでは手応えを感じられないのだ。
 銃も同じだ。
 ただ撃てば、そして小さな鉛の弾が当たれば、相手が死ぬ。
 弾を撃ち出す時の反動は、手応えの代わりにはならない。
「ふふふ」
 ジュグラーが笑った。
 ガーシュインの不満が、おかしいのか、嬉しいのか。あるいは、腹の奥の残虐があふれ出ているのか。
「ガーシュイン、見るか? 2人とも、戻って来ている」
 長が一室の扉を開けた。
 血と火薬と腐敗の臭いが、ドアの間から漏れだした。
 中には、2つの物体があった。
「落ちていた。このアジトの結界ギリギリ外側にな」
 笑顔を崩さぬまま、ジュグラーはそれらを指した。
 二つとも、水に濡れている。
 二つとも、焼けただれている。
 二つとも、人の形をしていた形跡がある。
 ジュグラーの嫌う「弱い手駒」は、足掻き苦しんだ死に顔…爆ぜて、肉も骨も砕けたソレを顔と呼べるのならば…をしていた。
「楽しいじゃないか、ガーシュイン。これもあの小娘か、その仲間の仕業だぞ。それでも、『青い闘神』討伐は、嫌か?」
 答えは無い。
 紅い閃光・ガーシュインは、ニタリと笑っていた。
 満足そうに。


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