グーデリアン物語4-4

4-4
「世の中は以外と甘い物らしい」


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 金毛狼族の集落は、1時間も歩かない内に見つかった。
 森の中の、わずかに拓けた場所に、小さな、人口30前後のムラがあったのだ。
「ホーンデッド山…ですか?」
 長を継いだばかりだという、二十歳そこそこのハンサムな男が、目を見開いた。
 ベラドンナが机の上に開いた「古地図」(地図は、それの所有権を主張する彼女が、肌身離さず持ち歩いている)の、その山を指すケティの不安げな顔を見て、である。
「活火山ですよ、あそこは。もっとも、ここ10年ばかりは噴火していませんが」
「麓に集落があったらしいんです。何年前かは判りませんが…。あたしの古い先祖が住んでいた村が、そのあたりにあったらしいんですが、ご存じありませんか?」
 ケティの顔色の不安は益々濃くなっていた。若い金毛狼族の長は
「70年…くらい昔ですかね。大噴火があって、あの辺りの猫族達で生き残った人達は、この青の森に一時的に避難して住みましたが…我々との『同盟』はその時成ったのですけれど…そのうちに、北の方へ出て行かれましたよ。この森に木々が密集し始めて、集団で住むには平地が足りなくなりましたからね」
 慰めなのか、元来なのか、若い長は柔和な笑顔を浮かべた。
「開墾(かいこん)すればいいのに」
 というファルシオンのつぶやきは、アルバートの手の平で封じ込められた。
 自然との共生が主義である獣人達に、広がろうとする自然…青の森…を無理に押し留め傷付ける事はできなかった。だからケティの先祖達は森を出た。
 だが、それは人間族のファルシオンには理解できない「主義」であるから、あのつぶやきが出たのだ。
「済みません。ありがとうございます」
 ケティは、自分の先祖の事を初めて知ったと、言って良い。
 そのテの伝承は、父との旅の間に行われるはずだったのだ。それが途切れてしまった為に、彼女は自分のルーツを知らぬままでいた。
「どうしても、と言うのなら、引き留めはしませんよ。森の道は狭いですから、歩く以外に手段はありませんが、ここからなら真っ直ぐ東南に進めば2時間か3時間でグルテンの湖に出られます。そこを越えればホーンデッド山ですから」
 ここまで話したところで、若長の笑顔が少し曇った。
「ただ、ステンリー川やグルテン湖よりも西南の側には、我々も行ったことがないですから」
「見たことぐらいならありますでしょう? 川岸から対岸を眺める…叙情的ですわ」
 ベラドンナの妙に上品ぶった口調に、五人は少なからず…つまり、表情に出すか出さないかの違いだけで…苦笑いした。
「灰色一色。凝固した溶岩の黒に近い灰色、降り積もった火山灰の白に近い灰色。他の色の存在しない荒れ野に、叙情は…悲哀なら感じますがね」
 若長も苦笑していた。
「たてものナンかのあとも、何もないの?」
 マーイがいくらか脳天気さを抑えた(つもりの)口調で訊くと、長はまた柔和な微笑を浮かべた。
「遙か遠くに、明らかに人工的な形の灰色の影が見えますよ。城塞か何かの跡らしいものが。それ以外は、何も。ただ、ゴツゴツとした地面だけが広がっています」
 皆が、ため息を吐いた。
 ケティとアルバートの息は、安堵に近い。
 マーイとファルシオン、そしてベラの息はことさら、不安と不満に満ちていた。
「決まりだな。『遙か遠くに見える、明らかに人工的な形の、城塞か何かの跡』。とりあえず、そこへ行く」
 アルバートが、集落に着いてから初めて真っ当に口を利いた。
「歩いて?」
 猫一匹、狐一匹、蛸一匹が、同時に声をあげた。
「当然」
 猫一人、狼一人が、同時に答えた。
「しかしすぐに出発はできないでしょう?」
 金毛狼族の長が、嬉しそうに笑んでいた。
「もうじき、日暮れです。今夜はこのムラに泊まって下さい。私としても、森の外に何があるのか、滅多に外に出ない我々に、聞かせていただきたいものですから」
「大したお話はできませんが…」
 ケティが、やはり嬉しそうな笑顔で応じた。

 小さな集落の周囲に、殺気が渦巻いていた。
 金色の長い髪と、丸い猫科の獣の耳と、縞のある長い尾を持ち、紅い馬にまたがった屈強な戦士が、五匹の手下を連れて身を潜めていた。
「紅い閃光さま、やっぱり夜襲ですか?」
 手下の一人の問いに、その戦士…ガーシュインは憮然として、
「やりたいヤツがいたら、やるがいいさ。俺は、正面切って戦うのが好みだ」
と答えた。

 深夜。
 歓待の宴がようやく済み、皆が寝静まった頃だった。
 「やりたいヤツ」が五匹、一つのテントに近付いた。
 一匹の手に、大粒の青い輝石が握られている。彼らの長が「切り札」として渡しておいた物だ。
 そいつはそれをムラの中心ぐらいの地面に置いて、手にしたハンマーを力任せに振り下ろした。
 輝石は、青白い光を発し、瞬時に塵と化した。
 それを合図に残り四匹が、旅人達の宿であるテントに、一斉に槍を突き入れた。  手応えは…まるで無かった。
 テントから五人の「冒険者」達が転がり出たのは、その直後だった。
「光晶…いや、魔術石か。封じられていたのは、言霊法『眠り』」
 ケティが言う。続けてアルバートが
「おかしな種族だな、虎よ。お前ら何故人間族の機械と術に頼る?」
驚愕する虎族共を見回す。
「くすくす。『守り石』だよ。この天才しゃーまんマーイさまが、このていどのキシュウにそなえていないハズ、ないじゃないのさ」
 マーイが粉々に砕けた小石を手の平に乗せて見せた。
 精霊魔術『精霊の守り』によって作り出された、「持つ者の危機に『身代わり』となって砕け散る『守り石』」の末期の姿だ。
「来る? 相手になるわよ」
 ベラドンナの手の中で、一枚のスカーフが柔らかさを失っていった。やがてそれは一振りの剣のような形になった。
 『精霊の衣「守」』という、狐族独特の魔術である。衣類の一部を硬質化させ、ただの布きれを防具あるいは武器へと変貌させる。
「やっやるならっ来いっ! ななな鉛弾をぶち…込むぞ」
 ファルシオンは震えながら銃を構えた。
 勝敗は、実にあっけなく付いた。
 五匹の虎族は、文字通りしっぽを巻いて逃げ出したのである。
 が、ケティとアルバートは奇妙な感覚を得ていた。
『殺気が、もう一つ潜んでいる。ここにいる五人を足しても全く足りないくらいに強い闘気が、どこからか狙っている』
 その殺気が、動いた。
 五つの悲鳴と同時に、である。
「逃げ出した仲間を、殺した!?」
 ケティが叫んだ。
「お前ら、隠れていろ!」
 アルバートがマーイ以下三人に怒鳴り付けた。
 殺気と闘気の固まりが、真っ赤な駿馬(しゅんめ)に乗り、金色の髪を揺らしながら、森の奥から現れた。


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