Bea-Kid'sグーデリアン物語。
《エピソード5》
<青の森・黒き森>
5-1
「トランス」


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 こういう時に一番冷静なのが、どういった訳か、「ガンマン見習い」で「医者の卵」の「発明家(自称)」なのである。
 ファルシオンは、マーイとベラドンナの手を強引に引いて駆け出した。
「ちょっ、ちょっとっ!」
 ベラが言いかけるのに、彼は
「足手まといなんですよ、僕たちはっ!!」
とわめいた。マーイが、
「天才しゃーまんがアシデマトイになんかなるはずないじゃないのよぉ!」
と言うのにも、
「気付かなかっただろ!? 僕たちは、六人目に気付かなかった! 一番強いヤツだったのに、五人一度に殺せるくらい強いヤツだったのに、ケティと放浪者さんしか、気付かなかった!!」
とまくし立る。
 反論は無かった。
 三人は、金毛狼族の長の家の影に隠れ、残りの仲間達と「一番強いヤツ」を見守った。

 辺りは、不気味なほど静かだった。
 先走りした五匹の雑魚の、強引に使った魔術のセイで、集落の人々と森の生き物たちが、全て深い眠りに堕ちている為だろう。
「夜襲は好みじゃないと、言ったンだ」
 馬上の虎族戦士は、不機嫌そうに吐き捨てた。
 彼は、2m近い自身の背丈と同じくらいの長さの剣を背負っている。
「それで、仲間を斬って捨てた、か?」
 アルバートは拳を握って身構えた。
 彼の持っていた「武器」は、銃火器はもちろん、剣や弓矢にいたるまで、彼の母親に没収されている。
 残されているのは、ケティが背負っていた弓矢一揃えと大振りなブーメラン一つ、のみだった。
 ブーメランは、ケティがテントから出た時、とっさに掴んでいた。だが、弓矢はまだ、穴だらけの仮宿の中にある。
 そのブーメランを構えたケティが言う。
「東虎族のローガンとは、別の部族だね?」
「流れ虎族。紅い閃光・ガーシュイン」
 ニタリと笑いながら、彼は名乗った。
「正々堂々、正面切って戦うのが好み…らしいな」
 アルバートは身構えたまま、
「放浪者・アルバート=フェルン・セカンド」
と、フルネームで応じた。ケティも
「野兎・ケティ=モーリス」
と言う。
 ガーシュインの眉が、ヒク、と動いた。
「小娘、きさまの通り名は『青い闘神』ではないのか?」
「それは今だ父の物。部族一の勇が継ぐべき名を名乗るほどの一業、まだあたしは成していない」
『あたし、落ち着いてる』
 ケティは自分の中の恐怖心がやけに小さいことを不審に思った。逆に、身体の内から力が湧いてくる気さえする。
 一方、アルバートは心中で母の「命令」に舌打ちしていた。
『コイツ相手には、やはり武器が要る』
 彼は、ゆっくりと穴だらけのテントへ向かった。
『野兎の弓でいい。でなければ、テントの支柱でも構わない』
 拳を構えたまま、目の前の虎族に殴りかかる隙を探すふりをしながら、の移動だ。
 そして挑発する。本当の目的を悟られないための芝居である。
「虎族は妙にその名にこだわるな。死んだローガンも、『青い闘神』を殺すために、一度は死の淵を這い上がって来た」
「そして、また叩き落とされた…お前達によって!」
 ブゥン!
 ガーシュインの剣は、抜き払っただけで旋風を起こし、黒毛の狼族を吹き飛ばした。
 しかし、アルバートの受け身は芸術的だった。
 吹き飛ばされながら身を屈め、真後ろの大木の幹に「着地」すると、それを蹴ったのだ。
「ハァッ!」
 そのまま、跳び蹴りを繰り出す。
 足はガーシュインの鼻先に、わずかにかすった。
「チッ!」
 ガーシュインは再び剣を振った。
 の、だが。
 剣圧も剣先もさえぎられ、アルバートは危うく助かった。
 一瞬早く、ケティかブーメランを投げていたのだ。
 ブーメランはガーシュインの剣に弾かれた。
 ところが。
 それは美しい弧を描いて、ケティの手元に戻って来た。
「何!?」
 不自然な出来事に、虎と狼の戦士は同時に叫んでいた。
 戻って来たブーメランを握るケティの瞳と、胸に仕舞われている『獣主のペンダント』とが、蒼く光っていた。
 青毛の少女は、大きく息を吸った。
 その呼吸は、まるきり舞台に立った声楽家のようだった。
 息は、吐き出された時に歌へと変じた。


  ある日、丘の動けり
  草木なき、丘の動けり
  火を吐きて、森を灼き
  矢を弾き、呪歌(うた)を打ち消す
  あまたの戦士、魂(こん)を奪われ
  あまたの巫(みこ)、魄(はく)を失う

  獣の王、立ちて言わん
  「一人、我と共にあれ」
  幼き者、獣主に従ごうて
  ただ一度、矢を放ちぬ

  その時、丘の止まれり
  命なき、丘の止まれり
  獣主、輝ける拳を振り
  火を弾き、丘を撃ち消す
  獣主の力、我らを救い
  勇士の力、獣主を助く

  獣の王、立ちて言わん
  「子等よ、我の筐(はこ)を護れ」
  幼き者、獣主に讃えられ
  とこしえに、「闘神」を名乗らん


 呪歌では、ない。
 歌そのものには…メロディにも、歌詞にも…、何の「力」も感じられない。
 しかし、あきらかに、精霊が召還されていた。
 ペンダントから発せられた暖かい光が、次第に人の形を成してゆく。
 狼族の耳を持つ、美しい女性の姿が、ハッキリと見て取れる。
 獣主・カザリーヌという無敵の精霊が、眠っているはずの『天幻の魔女』が、ケティの身に降りている。
「獣主様が、また野兎に…」
 アルバートは、自分の胸中を言葉に表すことができなかった。
 普通の精霊魔術のように、『ケティが召還したカザリーヌの力を利用している』のではない。
 アルバートには、そう思えた。
 それは、彼女が唱い終えた直後に投じたブーメランの威力を見れば解る。
 大振りだが、ただ樫の木を削っただけの棒切れだ。
 ガーシュインは飛来する「それ」を、鋼の剣で叩き割ろうとした。
 そのまま「それの投者」までも叩き斬る算段だった。
 はたして。
 割れたのは、鋼の長剣の方だった。
 まるで、ガラス細工を木槌で叩いたような澄んだ音をたてて、剣は粉々に砕け散った。
 アルバートは息を呑んだ。
『これは、召還されたカザリーヌ様の「魔力(ちから)」が起こした奇跡ではない。ブーメランには、精霊の「魔力」は働いていなかった』
 ケティは自身の力でブーメランを投げ、自身の力でガーシュインの剣を粉砕したのだ。
 アルバートは確信した。
『獣主様が野兎に力を与えているのではない。獣主様は野兎の中に秘められた「力」を解き放つ手助けをしているに過ぎない!!』
 獣主の幻影に抱かれたケティは、再度戻って来たブーメランをしっかりと受け止め、もう一度投げるために振りかぶった。


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