Bea-Kid'sグーデリアン物語。
《エピソード5》
<青の森・黒き森>
5-3
「黄金」


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「こ、これは、獣主様!」
 ガーシュインは思わず叫んだ。
 彼はカザリーヌの姿を見たことがない。
 彼に限った事ではない。全ての獣人達が、カザリーヌの実像を知らない。
 だか、全ての獣人達が、記憶の奥底にカザリーヌの幻を持っている。
「材料は、お前達が集めた金貨だよ」
 ジュグラーはゆっくりと像に近寄った。
「なっ!?」
「奇麗に仕上がっただろう? 人間族の優秀な鋳物師(いもじ)が、がんばってくれたからなぁ」
 その鋳物師達が、すでにこの世に居ないであろう事を、ガーシュインは瞬時に悟った。
 必要でないモノは手元に置かないのが、彼らの長の主義なのだ。
「ガーシュイン、なぜ青毛猫族が、あの忌々しい『青い闘神』の一族共が、カザリーヌ様のお気に入りなのか、知っているか?」
「さあ? でも、ヤツらは可愛いだけが取り柄ですからね。カザリーヌ様ならずとも…」
「ふん。あの子猫が、気に入ったか?」
「面白いおもちゃですよ」
 歯ぎしりの音が響いた。
 たとえそれが、カザリーヌのなせる「奇跡」であったとしても、あんな小さな、見るからに弱々しい獲物を狩ることができなかったのが、口惜しくて仕方ない。
「そうだな。獣主様の加護というネジが切れれば、いとも簡単に踏み潰せる、可愛らしい玩具だ」
 ジュグラーの足下で、ミシっという音がした。
 ほんの少し足の裏をこすり付けただけだ。それで大理石の床板に、かすかなひび割れが生じた。
「貢ぎ物をしたらしいしぞ、ガーシュイン。カザリーヌ様に、あの子猫の先祖は何かを捧げた。それも、微々たる物であったらしい」
「猫共が、獣主様に貢ぎ物を? たかがそれだけのことで、獣主様は子孫達をも祝福しているってンですか!?」
 ガーシュインは驚きつつ、呆れた。
「そう、たかがそれだけのことだ」
 ジュグラーは黄金像の脚を、撫でさすった。
「案外、カザリーヌ様も凡俗な所がおありのようだ。だから我らも、たかがそれだけのことをする」
「我らも、貢ぎ物を? …まさか、この金の像は」
「喜んで下さるだろうよ。カザリーヌ様は、きっと喜んで下さる。そして、青毛猫族以上に、我らを祝福して下さるに違いない」
 恍惚とした笑みが、ジュグラーの顔面を支配した。
 獣主の加護を一身に受け、この大地を支配する我が身が、彼の灰色の頭脳に鮮やかな幻として描かれている。
「さあ、行こうか」
「ど、何処へです?」
 禍々しい微笑をたたえた流れ虎族の長に、彼の右腕と呼ばれている戦士が、声を震わせながらたずねた。
 震えの原因は、件のカザリーヌ像だった。
 ガーシュインの目の前で、その巨大な黄金像は、ゆっくりと、静かに、真っ直ぐに、事も無げに、宙に浮き上がったのだ。
 まるで「彼女」の脚の下に、透明な地面があるかのようだった。
 恐らく、ジュグラーがなにがしかの術を使ったのだろう。
 この巨大な金塊を2mも地上から引き離しているのが、本来なら「かさばる荷物を簡単に運ぶため」ぐらいにしか使えない術であることを、ガーシュインは知らない。
 いや、知る必要は無いのだ。…ただ、己の仕える長が、強大な力の持ち主であることさえ知っていれば充分だ。
「あの猫共より先に、祭壇に行くのだよ。ホーンテッド山という名の祭壇にな」
 ジュグラーが柔和な笑みを浮かべた。
 と、同時に、彼の巨体の足下で、床板が悲鳴を上げた。
 磨き上げられた大理石に、四方八方へ走る、大きな亀裂が刻みつけられた。
 亀裂は疾走した。
 隠れ家の基礎をことごとく粉砕し、壁を引き裂いた。
 城の中にいた流れ虎族達と、城の外にいた彼らの同胞とが、悲鳴を上げて逃げまどう。
 シンと静まっていた深い森の、今まで何事もなかった深層の一隅が、大きな地鳴りと共に塵芥を吹き上げた。
 巻き上がった粉塵の渦が消えた時、そこは、森ではなくなっていた。
 例えば羽根のあるモノが天空から垣間見たとしたら、そこに広大な建物があったとは気付かないかもしれない。
 えぐり取られた大地の上に、黄金の像と、二匹の虎が立っていた。
「生きている者は来い!」
 ジュグラーが咆吼する。
「死んだ者は、我が一族ではない。歩けぬ者も、血を流す者も、死人と同じだ。我は『波立つ大地』! 生き残る強さを持つ者の長なり!」

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