Bea-Kid'sグーデリアン物語。
《エピソード6》
<南下行>
6-1
「カヤック」


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「草木って、強いんだなぁ」
 ファルシオンが、頓狂(とんきょう)な声をあげた。
 青の森を一歩抜けると、そこは浅く水の張られた池だった。
 硬く、それでいてもろい溶岩の地面と、その地面の小さな穴からしみ出た水との間に、
名も知れぬ「雑草」がしがみつき、生えている。
「どうやって根を張っているんだろう? 乾期になったら、どうするのかな?」
 小さな科学者は、眼鏡の奥で瞳を輝かせている。
 5人分の大荷物を積んだカヤックは、舟底を池の底へこすり付けるギリギリの深さで、
ようやく浮いていた。
 船首に着けた2本のロープを、アルバートとケティが引いている。
 胴の両側に着いたロープの先には、ファルシオンとベラドンナがいるが、彼らの役目は
推進力ではなく、バランスだ。
 やることのないマーイは、浅瀬でスキップしながら、舟の周りをぐるぐると廻っている。
 その小さな猫の起こす大きな波紋が、浅い池の面全体に広がる。
「揺れる」
 アルバートの不機嫌は、太陽が真南から少し西にずれた頃になっても、治らない。
 矛先を他人に向ける気は無いのだが、わずかに発せられる言葉には、ことごとく『険』
がある。
 そのことに自身が気付いているから、彼はますます口を開かない。
 もう一方の推進力ケティも、無口になっていた。
 頭の中で、歌詞を反芻(はんすう)している。
 自分の口から出た、自分の聞いたことのない2つの歌。
 それによって「カザリーヌ」を召還した、無意識の歌。
 2つの歌は、マーイの
「おひるゴハンにしようよぉ!」
という提案に皆が賛成して、全員が座れそうな場所に接岸しても、なお、ケティの頭の中
に渦を作っていた。
 マーイが喜々として荷物から食料を漁り出している間、ケティは小さく唄ってみた。
『歌そのものに何かしら「力」があるのなら、ここで何気なく唄ってみても、獣主様の幻
が現れてくれるハズ』
 誰にも聞こえないように、小さく声を出す。

   雲は流れて逝く 遥かなる幻の天へ
   私は手を伸ばす 大地にしがみつき
   陽は照らす 誰の頬をも
   風は運ぶ 誰の歌をも

   雲は流れて逝く 遥かなる幻の天へ
   私は手を伸ばす 大地にしがみつき
   大地は受け入れる 誰の骸躯をも
   大海は受け入れる 誰の落泪をも

   雲は流れて逝く 遥かなる幻の天へ
   私は手を伸ばす 大地にしがみつき
   月は照らす 誰の道をも
   星は示す 誰の夢をも

 歌は終わった。
 何の変化も無かった。
「その歌詞に意味はないのだろうさ」
 アルバートの不機嫌声がした。
「…聞こえちゃった?」
「狼の耳を侮るな」
 硬く焼かれたパンを、アルバートはケティに放り投げた。
「獣主様はあの時、お前にその歌を唄わせたかった…それだけの事だろう、その歌に関し
ては」
「この歌に関しては…?」
「あれは、散文的で叙情的だ。言葉面に意味は無いが、メッセージ的な響きはある。だが
昨日のヤツには、ストーリーが在った。何かの物語を歌にした…ノンフィクションかフィ
クションかは解らんがな」
「君はつまり、あたしが獣主様を召還しているんじゃないって言ってるわけだね」
「ある意味、そうだ」
 不機嫌な狼は不機嫌にパンを裂き不機嫌に噛み付いて不機嫌に飲み込んだ。
 ケティは空を見上げた。
 晴れ渡った蒼天に浮かぶ、たった一つの小さな雲が、太陽を覆い隠している。
「あたしは、何故か獣主様の目に留まった。そして獣主様はあたしを触媒になさっている。
…天幻の魔女・カザリーヌは、今『眠りの時』の直中。ご自身が世界に関与できないから、
あたしを使って何かをなさろうとしている」
 ケティの口元に、力無い笑顔が浮かんだ。
「俺の考えとは少し違う」
「そう?」
「お前は、何故か獣主様の目に留まった。そして獣主様は自身を触媒になさっている。…
天幻の魔女・カザリーヌは、今『眠りの時』の直中。ご自身が世界に関与できないから、
別の力ある者を目覚めさせ、何かをなさろうとしている」
「あたしにそんな特別な力、ある訳ないよ」
 明るく、否定した。
 実際ケティは、自分に「他人より優れた能力」があるとは思っていない。…十人並みの
レンジャーではあると思っているが。
「少なくとも、俺には樫のブーメランで鋼の剣を叩き折るなんて芸当は出来ない」
 アルバートは不愉快そうに言った。
「だからそれは、獣主様があたしに力を貸して下さったから…」
「だったら、昨夜と同じように唄ってみるがいいさ。それでお前が昨夜と同じように『並
外れた戦闘力』を発揮できたなら、お前の思っている通りなんだろう。そうでなければ、
俺の言い分の方が真実に近い、ということだ」
「それで、何も起こらなかったら…?」
「ありふれた古謡で数百人の人間を魅了した魅力も、棒切れ一本で強敵どもを押さえ込ん
だ腕力も、お前自身の力だと、認めれば良い」
 アルバートは帽子を目深にかぶりなおしながら起ち上がり、
「羨ましいことだ」
と言い捨てた。
 ケティは、狼の顔をなんとかして覗き込もうとした。
 つばの作る影の中で光っている目は、笑っているようにも怒っているようにも、口惜し
んでいるようにも見えた。

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