Bea-Kid'sグーデリアン物語。
《エピソード6》
<南下行>
6-3
「お伽噺」


MENU




 元々、機嫌の良い顔などという物を見せないたちではあるが、前夜から今朝にかけての アルバートは、実にもって「不機嫌」そのものの顔をしていた。
『その原因が分かっているのが、一番不愉快だ』
 焚き火のおきを、むやみにかき回しながら、彼は、不機嫌の種の方へ顔を向けた。
 “野兎”ケティ・モーリスが、荷物入れ兼用の寝袋にくるまって、小さく寝息を立てて いる。
 その極近くで、“平らげる者”ヘイストが、大いびきをかいていた。

 熊族の美青年ヘイストに盛んに色目を使っているのは、面食いのベラドンナなのだが、 どうやら彼は妖艶な狐族よりは、純真な猫族の少女の方が好み…のように、アルバートに は思えた。
 彼の父親…実父か、義父か、師父かは量りかねる…の「古い友に似ている」少女。
 それも遠く旅を続けて、この深い森の中までやって来た、冒険者。
 そして、恐らく、ヘイストにとっては初めて見る「自分たち以外のニンゲン」…それも 女の…。
『惚れる要素ばかりだ』
 狼は、赤々とした炭火を一つ、踏みつぶした。
「それほど、尻軽な娘さんじゃないだろう?」
 頭の上から小さな、それでいて迫力のある声がした。
 振り仰ぐと、顔中を傷と皺とに覆われた、虎族の男の笑顔が、そこにあった。
「…確かに…」
 答えて、アルバートは苦笑いした。
「第一、この世間知らずなバカ息子なんぞより、お前さんの方が、余っ程『良い漢』だ。 保証するよ」
「どうも…」
 今度は照れ笑いだ。
 感情を素直に顔に出すのは、とんでもなく久しぶりな気がした。

 夜が、白々と明けつつあった。
 先ず目を覚ましたケティが、アルバート達が薪を足した焚き火の上に飯ごうをかけ、干 し肉のスープを作り始めた。
 その匂いに釣られて、マーイとヘイストがごそごそと起き出し、ベラドンナが背伸びに かこつけてファルシオンの頭を叩く。
「川向こうの、四角い『村』だがね…」
 問わず語りに“往く雲”が話し始めた。
「おかしな話だが、入ることができない…少なくとも、ワシらは」
「入れないって、すぐそこに見えるのに?」
 ファルシオンが、目を丸くした。
 ヘイストが大げさにうなずく。
「周りはそんなに高くない塀で囲まれてて、一カ所だけ門みたいな場所が空いているよう に見えるンだけどさ。塀には、よじ登れないンだ。まるで、塀のそのまた上に、見えない 塀があるみたいで」
「で、開いているように見える『門』も、見えない塀で閉ざされている…と」
 アルバートが“往く雲”に視線を送ると、彼は小さくうなずいた。
「古い…文字のような物が門柱に書かれている。どの部族の物でもない。恐らく、今レイ ラの民が使っている物とも違うだろう。それ以外のことは、ワシらにも一切解らない」
「こもんじょなら、この天才しゃーまんのまーいさまにまかせてよ。おおよそのモノなら よんでみせるわ」
 マーイが胸を張る隣で、ファルシオンも、
「僕も、その、みなさんの言う『レイラの民』の古代文字なら、ほんの少しかじったこと があるから…」
照れくさそうに、しかし、自信ありげな笑顔を浮かべた。
「と、言うことですのでぇ、“平らげる者”さぁん、『四角い村』まで案内してくださぁ い」
 ベラドンナはヘイストの手をぎゅっと握り、赤い唇を彼の顔の間近で、吐息とともに動 かした。

 荷物の大半は、前夜ビバークした森の中に置いたままにした。
「身軽な方がいい」
 というのが“往く雲”の言だった。
 浅い河を渡り、雑木林を抜けると、そこには一面灰褐色の大地が広がっていた。
 風に揺らいでいる地平線が、茶に近い緑に縁取られている。
 つまりそこまでの土地全てが、視線に入る地面の全てが荒野なのだ。
 緑が、無い訳ではない。
 わずかにある。
 岩や硬い土に、こびり付く雑草やこけの類が、必死で生きている。
 それ以外、生き物の息吹がない。
 風が吹く度に、細かい灰色の土煙が、無機質に舞った。
「昔、火山が噴火した…」
 ケティがぽつりとつぶやいた。
 自然の治癒能力を拒絶するほどの、大噴火だったのだろうか。
 ならば何故、この『四角い村』は、ここにあるのだろう…壁にヒビの一つもない、完璧 な姿で…?
「まるで、何かに守られているようだ。…誰かに、かもしれんがね」
 “往く雲”は、短槍で『四角い村』の『門』を指した。
 マーイとファルシオンは、先を争うようにそこへ走った。
 その後を、ケティがゆっくりと追った。ぼんやりとした視線が、『四角い村』の空を眺 めている。
「『この村、見覚えがある』なんて台詞は、随分と陳腐(ちんぷ)だと思うが?」
 アルバートが言うと、
「ゴメン、陳腐で」
 ケティは何故か寂しそうな照れ笑いを浮かべた。
 門柱前にたどり着いたマーイとファルシオンは、同じように首を傾げ、同じように腕組
みをした。
「一ばん上のは、『レイラのたみ』のもじでしょ?」
「うん、大昔のね。しかも飾り文字だよ。それもすごい崩し方だ」
 ファルシオンは、門柱の一番上に刻まれた、一番彫りの浅くなった文字を指でなぞり、
薄笑いを浮かべた。
 一文字一文字たどりつつ、考え、読み進む。
「…都市…堅き…うーんと…堅固なる城塞都市…ウル…ト…いや、アルティ…アルティメ イア…。楽し…娯楽の…広間…いや、殿堂か? ってことは…カ、カジノぉ!?」
「どーゆー、イミ?」
 まじめだけが取り柄の少年科学者もどきは、頭を抱え込み、必死に考えをまとめた。そ して嬉しそうに「学説」を語り始めた。
「かつて城塞都市で在った場所が、城塞である必要性を失って、カジノの街になった。ま たは、大金の動くカジノを守るために、頑丈な囲いを作った」
 ファルシオンの指先は、薄れた文字の、ほんの二行分の最後尾を指している。
「もしかしたら、ここには大昔『レイラの民』か、あるいはもっと昔の『古代文明人』み たいな人々の都市があったのかもしれない。この四角い建物は、その遺跡で、そこを獣人 達が利用して、自分たちの村にしていた!」
 学者、と呼ばれる人種の大半は、実験成功や新発見の直後、そしてそれを発表するとき、
異常に興奮した「目」をする。
 今のファルシオンがそうだ。
 眼鏡の奥の瞳を、何かに取り憑かれたような輝きで満たした彼は、ニタニタと笑いなが ら、マーイに目を向けた。
「ここまでは、古い…君ら獣人の言うところの『レイラ語』だけど、後のは違うみたいだ。 マーイの出番だよ」
「まっかせてー」
 マーイはその二行から離れて彫り込まれた、それらよりは幾分時代が下ってから書かれ たらしい十行余を、じっと見つめた。
 5分、10分、20分。
 マーイは鼻歌も、リズム取りの足踏みもしなかった。
 ピクリとも動かず、視線のみで文字を追い続ける。
 そして一言、
「『蒼き守人の村』」
と、つぶやくように言うと、また無言で、文字を見つめる。
 更に10分後、見つめながら彼女は
「ながいよ」
と一言いい、振り向いて、後ろに集まっている仲間達を見回した。
 いつになく、真剣な眼差しだった。
「長いって、どれくらい?」
 ケティの問いかけに、マーイは小さく答えた。
「おとぎばなし、一つ分」
 マーイは、大きく息を吸い込んで、門柱に刻まれた「物語」を読み上げ始めた。

MENU
HOMEPAGE