Bea-Kid'sグーデリアン物語。
《エピソード6》
<南下行>
6-4
「始まりの物語」


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 それは、マーイらしくない、落ち着いたゆっくりとした口調だった。
「『ある日、丘の動けり
  草木なき、丘の動けり
  火を吐きて、森を灼き
  矢を弾き、呪歌を打ち消す
  あまたの戦士、魂(こん)を奪われ
  あまたの巫、魄(はく)を失う…』」
「あ」
 ケティが、小さな声を上げ、ちらとアルバートを見上げた。
 彼は目を閉じていた。
 そして、かすかに唇を動かし、声を出さずに
「黙って、聞いていろ」
と、言った。
 ケティはうなずいた。
 目を閉じ、耳をそばだて、マーイの声に聞き入った。
 マーイは続ける。
「『獣の王、立ちて言わん
  “一人、我と共にあれ”
  幼き者、獣主に従ごうて
  ただ一度、矢を放ちぬ

  その時、丘の止まれり
  命なき、丘の止まれり
  獣主、輝ける拳を振り
  火を弾き、丘を撃ち消す
  獣主の力、我らを救い
  勇士の力、獣主を助く

  獣の王、立ちて言わん
  “子等よ、我の筐(はこ)を護れ”
  幼き者、獣主に讃えられ
  とこしえに“青き闘神”を名乗らん』」
「青き、闘神!?」
 驚声を上げたのは、“往く雲”だった。
 マーイは振り向き、眉をつり上げて、
「まだ、とちゅうなんだから、口だししないでよ!!」
「途中?」
 ケティが聞くと、マーイは門柱の方に振り返りながら、うなずいた。
『あたしがあのとき「唱った」歌に、続きがある…』
 ケティは息を呑んで、幼い親友の後ろ姿に見入った。
 マーイは再び、門柱の文字に視線を注いだ。
 残りの文字はわずかだった。
「『民、獣の王に尋ぬる
  筺はいつまで守るべきや、と
  獣の王は答えらるる
  “永劫”と』」
 マーイは、大きく息を吐くと、
「おはなしは、ここでおしまい」
と、にんまり笑った。
 隣で、ファルシオンが怪訝そうに、かつ不満そうにつぶやいた。
「文字の数の割に、話が長いじゃないか?」
 答えたのは、ベラだった。
「あんた達の言葉は『表音文字』ってんでしょ? 言葉の発音通りに、文字を並べる。だ
から発音の数だけ、文字が要る。言葉の数だけ、綴りが要る。で、今この天才仔猫ちゃん
が読んだのは『表意文字』ってヤツなのね。文字一つ一つに意味があんのよ。…つまり」
 ベラドンナはつま先で灰色の地面に二種類の文字で単語を書いた。
『conguratulation』
『祝賀』
「どっちも、同じことを書いたのよ。…おめでとうってね。つまり、そういう事なの」
「…つまり、どういう事?」
 ヘイストがベラの目を覗き込んで尋ねた。
 途端、ベラドンナの表情は満面薔薇色の笑みに、声は猫なで声に変わった。
「要するにぃ、一つの文字の表す情報量のぉ、桁数がぁ、段違いだって事ですのよぉ」
「物知りなんだなぁ」
 ヘイストは関心を、素直な声と顔で表した。
「ああぁん。物知りだなんてぇ…。ただぁ、旅から旅を続けたおかげで、人族からも、獣
人からも、たくさんの事を教えられた、ってだけですものぉ」
 頬を赤くし、もじもじと照れた…素振りでいる…ベラドンナに目を向けているのは、ヘ
イストだけだった。
 他の者はみな、門柱とマーイを見ている。
「もう一行、ある」
 不意に、アルバートが門柱に近寄った。
 そして、柱の付け根を埋めていた灰埃を、靴先で蹴り、払った。
「あ、ほんと」
 マーイはその場にぺたんとしゃがみ込むと、首を傾げながら、言葉を追った。
「ここは、ちっょっとちがうなぁ。あたらしいコトバだよ」
 綿毛のような髪を灰だらけにしながら、マーイは唇を尖らせた。
「いままでのもじは、ホントのおおむかしのことばだったけど、これは、ちょっとだけ前
にほったみたい」
「70年ほど前…か」
 アルバートが口を開いた。
「大あたりぃー!」
 マーイは嬉しそうに飛び跳ね、
「『我らは村を離れる。しかし子等よ、必ず戻れ。我らが故郷のこの村に』」
「『必ず戻れ…我らが故郷』」
 ケティはつぶやき、胸に手を置いた。
 父から「預かって」いるカザリーヌの紋章のペンダントの上に。
「そして、帰って来た…」
 アルバートは、足元の小石を一つ拾い上げると、『開いているように見える門』の中に
投げ込んだ。
 石は、門柱の間の空間で、一瞬、霞網に捕らえられた小鳥のように、止まった。
 ヘイストが大声を上げた。
「いつもなら、そんな事をしたら、勢いよく弾き返ってくる!」
 語尾が消える前に、石はまた放物線を描き出した。
 コツン。
 小さな音がした。
 硬い地面に、軽く硬い物が落ちた音だ。
「『蒼き守人の村』の子孫のために、門が開いた…ようだぞ」
 アルバートがケティの背を叩いた。
 ケティはうなずいた。
 小さく、浅く、弱々しく。
 不安そうに唇を噛み、ゆっくりと『門』に近付いた。
 その直前で、足が止まった。
 振り向く。
 落ち着かない目が、アルバートを見る。
「70年、『村』は待っていた…お前が来るのを」
 彼は、帽子を目深に被り直すと、やはりゆっくりと歩き始めた。
「気にするな。待ち合わせの時間には、大して遅刻した訳じゃないだろう」
 ケティはうなずいた。
 大きく、深く、力強く。
 一歩、『門』の中に足を踏み入れた。
 すると、何か正体の知れない「圧力」が、彼女を取り巻いた。
 まるで、硬いゼリーの中に入り込んでいったような感触だ。
「ただいま」
 思わず、口を吐いて出た言葉だった。
 途端。
 ケティを取り巻いていた「圧力」が、掻き消えた。
 暖かい風が頬に触れる。
 振り向いたケティの顔には、笑みが満ちていた。
 晴れがましい、清々しい笑顔で、彼女はアルバートを見た。
「客は、歓待されるか?」
 帽子の鍔の下にギリギリ隠れていない唇が、微笑んでいた。
 『門』は、彼を拒絶しなかった。
「来る者は、拒まないそうだ」
 アルバートは後ろの仲間達に、軽く右手を挙げて見せた。
 マーイとファルシオンが、顔を見合わせ、先を争うように駆け出した。
「チョット、待ちなさいよ!」
 ベラドンナはヘイストの手をしっかり握ったまま、後に続く。
 “往く雲”は、一度天を仰ぐと、ゆっくりと歩き始めた。
 ケティと彼女が連れてきた「客」は、全員が村に入ることを『許され』た。

「金毛狼族の長が『明らかに人工的な形の灰色の影』と言っていたけど、その灰色は、火
山灰の色みたいだね」
 『四角い村』の目抜き通りを進みながら、ケティは何気なく言った。
 四角い建物はみな、確かに灰色がかっているが、その灰色の下に様々な色彩を内包して
いるようだ。
「ああ! 『元々カジノ説』の方が正しいみたいだ! でなきゃこんな派手な建物を建て
たりしない!!」
 異様な輝きの目を泳がせながらの、ファルシオンの足取りは、昨日までのヘタレ具合が
信じられないほど軽快だ。
「ここを捨てて、出て行かなきゃイケナイほどの被害は無いみたいだけど?」
 ヘイストの手を引いた、浮かれ顔のベラドンナは、ケティやマーイが「さすが、根っか
らのエンターティナー」と感心する可愛らしさで、小首を傾げる。
 “往く雲”が、顎をしゃくった。
 その先が、一つの建物のを指している。
 どうやら木製だったらしいドアが、原型を留めたまま、炭化してた。
「熱風…か」
 アルバートのつぶやきに、「科学者」ファルシオンの表情が一変した。
「火砕流!」
 驚愕と不安がない交ぜになった彼の顔は、しばらく強張っていた。
 マーイが不思議そうな顔でそれを覗き込むと、
「噴火した火口から流れ出たのが溶岩だったら、それは形ある物の全て押し流して、燃や
しながら壊してゆく。でも、熱だけが吹き出して、それがとんでもない温度の風になって
吹き荒んだとしたら、燃えない物の形は残ることがあるんだ」
 強張ったままの顔で、ファルシオンが言う。
「燃える物は?」
 マーイは瞬きしながら訊いた。
「一瞬で燃え尽きて、炭になる。…ニンゲンも、ニンゲンの形をした炭になる」
 水を打ったような静かな時が、ほんの数秒流れた。
 静寂を破ったのはヘイストだった。
 彼は、辛そうな声で、
「この『村』には、そんなニンゲンが今でも眠っているかも知れないワケだ。例えば、こ
の建物の中で、蒸し焼きになってしまったヒトとか…」
 再び、音のない時間が流れた。
 口をきこうとする者が、誰もいない。
 と。
 静寂は破られた。
 耳を劈く轟音が、大地を揺らしながら、空から鳴り響いた。
 全員が、一天を見上げた。
 光があった。
 金色の、まばゆい光が、空を引き裂きながら、『四角い村』に向かい、近付いてくる。
 

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