Bea-Kid'sグーデリアン物語
《エピソード7》
<決戰>
7-2
「土」


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「うわっ!?」
 ファルシオンは脂汗をかきながら、しかしとっさに懐の銃を握っていた。大分、戦いと いう「非日常」に慣れてきたようだ。
「やっぱり、コンドも、どこかにかくれたほうがいい?」
 マーイの問いに、ファルシオンはうなずいた。ベラは眉と唇をへの字に曲げた。それで も、圧倒的な実力差をつい2日前の晩に見せつけられたばかりであるから、同意するしか ない。
 ヘイストは事情が飲み込めずにいた。ただし、危機の大きさは実感できる。
「奴らが振りまいている、肌に突き刺さる敵意、総てを壊す殺気。それと親父の莫迦っ強 い闘気。すくなくても、オレの敵う相手じゃなさそうだ」
「かくれるところっ!」
 マーイが辺りを見回す。
 灰色の建物の間の、わずかな緑色が目に飛び込んだ。
 背の高い雑草が、小さな茂みをつくっている。
 マーイは一目散に駆けた。ファルも、ベラも、ヘイストも続いた。
 皆が茂みの中に飛び込むと、マーイが大きく吸い込んだ息を、美しい旋律にして吐き出 した。
 詠唱し終えると、マーイは真剣な顔で
「ほんとうは、『天幕』とか『友なる者の盾』とか、そういうもっとつよいぼうぎょの呪 歌を唱いたいんだけれど、そういうのってシッパイするかもしれないから。だから『草木 の守り』っていうのにしたわ」
「植物が、盾になってくれるって術かい?」
 ファルは安堵の笑みを浮かべてたずねた。
 今まで、何度と無くマーイの術を見てきた。確かに「かけ損なう」ことはあっても、発 動すれば間違いなく自分たちの力になった。
 マーイはうつむいた。
「かんぜんにこうげきをふせいでくれるんじゃないの…矢とかてっぽうとか、かたなとか じゅ文とか、そういうのがとんできても、あたりにくくなるだけ」
 肩が震えている。水滴が二つ、ポタポタと大地に落ちた。
「マーイ、てんさいだから、たくさんのせいれいとけいやくはむすべたの。
 でも、だいじなときほど、呪歌を唱って、せいれいをよびたしそうとしても、せいれい がきてくれないことのほうがおおいの。
 だからこないだ、『天幕』唱えたときもたくさんしっぱいした。
 マーイが、つよくない呪歌しかつかえないから」
 言葉の最期の方は、嗚咽でとぎれとぎれになっていた。
 涙は後から後からあふれ出て、袖で拭うだけでは、追いつかない。
 そっと、ベラドンナがハンカチを差し出した。
「契約が結べるだけすごいわよ。私なんか、契約のための召喚ですら拒絶されちゃったん だから」
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったマーイの顔を、ベラはそっとふいた。
 と。
「ベラさん、術を使わないヒトだと思ってたら、そうじゃなかったんだ」
 つぶやいたファルが、急に顔色を変えた。
 尻の辺りに、激しい痛みを感じたのだ。
 ベラの左手が、そこにあった。それもご丁寧に、ヘイストからは死角になっている位置 で、ベラはファルシオンの尻の肉をつまんで、ひねりあげていた。

 ケティの『変則式天幕』に翻弄されながら落ちていた2人は、地面に叩き付けられると いう失態を演ずることで、ようやく術から解放された。
 それでも気を失うことなく、立ち上がろうとしている連中に、アルバートの眼光が突き 刺さる。
 1人は確かに、金毛狼族の村に夜襲を掛け、「卑怯な味方」を自ら殺した男…“紅い閃 光”ガーシュインだ。
 だがもう一人は、知らない顔だった。
 頭ばかり大きい上に、でっぷりと太っていて、虎族特有のシャープな精悍さがない。
 貫禄は、確かにある。敵意と悪意をごく自然に全身から吹き出させ、当たり前のように 周りの者を威圧している。
「力が抜けたっ!」
 “波立つ大地”ジュグラー…ケティ達が彼の名を知るのはもっと後のことだが…が、わ めきながら立ち上がった。
「何奴だ、俺様に『霊気の移し手』を掛けて、俺様の術を奪ったのは!?」
 声が空気を揺らした。
「誰も」
 ケティの小さな声が、その空気の揺れを押さえ込んだ。
「誰も君の力を奪ってなどいない。…だいたい、奪いようがないよ…。君には最初から力 なんかないのだから」
「何っ!?」
「精霊の力も言霊の力も、術者の力じゃない。術者は、精霊や言霊から力を借りているに 過ぎない」
「小娘ぇっ!」
 太った虎族がケティに襲いかかった。
 両手で細い首を掴み、締め上げようとした…が、できなかった。
 ジュグラーの掌から、指が無くなっていたのだ。
 その瞬間まで、ジュグラー自身もそれに気付いていなかった。
 気付いた途端、痛みが全身を貫いた。
「ああ、あああっ」
 力無く、その場にうずくまった。
「どういう、事だ?」
 アルバートは疑問形でケティに声を掛けたが、おおよそ理由を察していた。
 自然の摂理をねじ曲げて、強引に使役していた術の元…精霊かあるいは言霊か…が、主 に抵抗し、反乱し、力の発動を止めたその時。
 巨大な黄金の物体を重力から引き離していた力が暴発して、術者を傷付けたに違いない。
 ケティは痛みに悶えているジュグラーに、哀れみの目を注いでいた。
「その目」
 ガーシュインはつぶやくように言い捨て、立ち上がりざま剣を抜き払った。
「落ち着き払ったその目が、気に入らん!」
 一閃。
 空気の切れる音がした。
 ケティは剣の下に立っていた。その前に、アルバートが居、彼の腕が鋭い刃を受け止め ていた。
 刃は、衣服を裂き、皮膚を貫いて、骨に食い込んでいた。
 血が吹き出した。だか、
「何故、斬り落とせん!?」
ガーシュインは唾を吐き出しながら咆吼した。
 剣は、アルバートの腕に刺さったまま、動かない。
「さてね。こいつを助けたいと思うと、俺の中から信じられない力がわいて出てくる、と しか説明のしようがない」
 言い終わらない内に、アルバートはガーシュインの手首を蹴り上げた。
 剣は弾かれた。しかし強烈な痛みに虎族の戦士は耐えた。わずかに柄から手が放れかけ たが、再度柄を握りしめ、身構えた。
 だが、アルバートもひるむことがなかった。
 自分よりも頭2つ分背が高く、短剣1本分リーチが長い純粋戦士に、2日前には感じた 恐怖が、今はまるきりない。
 アルバートは己の身体の芯から、魂の奥底から、自信がわき出してくるのを感じていた。
「小僧、どけ」
 ガーシュインは、剣を横に大きく振りきった。
 刃は下を向いている。アルバートの身体は、巨大な長剣の横面で殴りつけられた格好だ。
 身を縮めたが、今度は防ぎきれない。クリケットの玉のように、吹き飛ばされた。
 返す刀が、ケティを横薙ぎにしようとしている。
 とっさに“行く雲”がガーシュインに飛びかかろうとした。
 間に合わなかった。脚に、太った虎族がしがみついている。
「叩っ斬れ! そいつが“青い闘神”だ! 我らから獣主の愛情を奪い、祝福を独り占め にしている、野良猫だ!」
 ジュグラーは唾と血を吐きながらわめいた。
 今度は、刃が横を向いている。ガーシュインの渾身の一撃は、間違いなくケティの細い 腰に当たり、少なくとも、帯と衣服を切り裂いた。
 しかし。
 身体がその一撃によって傷を負ったのかは、解らない。
 彼女もアルバート同様吹き飛ばされたのだ。しかも、近くの四角い建物の壁に叩き付け られた。
 細かい土埃が上がった。
 石の崩れる音がした。
 空洞に反響する悲鳴が聞こえた。
 瓦礫が、深い穴に落ちてゆく音がした。
「はっ!」
 叫びとも呼気ともつかない音を発し、アルバートは猛然と走った。
 彼は、ガーシュインを突き飛ばし、ジュグラーを蹴倒して、四角い建物の壁に開いた大 きな穴に駆け寄った。
 夜目の利く狼族の彼に、その建物に床が無く、さながら井戸のように深い縦穴が、大地 を穿っている事のだということは、すぐに解った。
 下手に落ち、当たり所が悪ければ、簡単に墜落死できる高さがあることも、そして何よ り、その底にケティが倒れていることも、一瞬で見取ることができたのだ。
 だが彼は、その大穴に飛び込んだ。
 躊躇は、一切なかった。 

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