Bea-Kid'sグーデリアン物語
《エピソード7》
<決戰>
7-4
「火」


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 口角がゆがんだ。
 ガーシュインは低い天井の狭い部屋の中で、鮮やかに長剣を振り回して見せた。
「失せろ!」
 猛然と踏み込む。
 アルバートは治ったばかりの腕を掲げた。
 刃は、寸分違わず古傷の上に叩き付けられた。
 そしてまた留まった…骨よりも前、筋肉よりも前、皮膚よりも前で。
 ガーシュインは、そこに透明な壁があるように感じた。
 アルバートは、そこに透明な小手をまとっている気分になった。
「少しだけおとなしくしていてくれないかな?」
 ケティが静かにいった。
 視線は部屋の奥、壁際に向けられていた。
 用途不明な機械が、そこにあった。
 縦長で、丸みを帯びた四角い筺(はこ)である。
 狭い空間の中、その筺だけが埃をまるきり被っていない。
 理由はすぐに判った。
 ケティが大きな絹織物を手にしている。丁度、その筺をおおえるほどの大きさで、埃に まみれた布である。
『あの騒ぎの中で、布きれ一枚でも引っかけてくれたんだ。よく気が回ったもんだね』
 ケティの口から、彼女のものではない声で、彼女のものではない言葉が発せられた。
 ステンドグラス様の装飾が施されているその筺を、いとおしそうに撫でる仕草も、明ら かにケティのものではなかった。
「その筺の修理が、そいつの身体を横取りしてまでやりたかったことですか、獣主様?」
 アルバートの言葉には、刺々しい険があった。
「獣主様、だと!?」
 ガーシュインは思わず剣を引いた。
「休戦だ、放浪者」
「虎族も、獣主様に逆らう気はない、か?」
「まさかあの小娘がカザリーヌ様の化身だなどとは言うまいな?」
「どうやら今はそうらしい」
「今は? 一昨日の晩は!?」
『おまえの剣を叩き負った時のことかい?』
 ケティの姿をしたその人物は、ちらりと振り返ったが、すぐにまた筺の方に目を転じた。
 筺には丸や四角の色石がいくつも埋め込まれている。一見装飾品の様だが、本来は何か の仕掛を動かすためのスイッチの役目をするバズのものらしい。
 彼女はそれらを押したり引いたりしながら、
『あれはこの娘の力だよ。あたいはちょっとストッパーを外してやっただけさ』
「ストッパー…?」
 二人の戦士がほとんど同時につぶやいた。
『ニンゲンの力ってのは、ホントはとんでもなく強いのさ。フルに使えば誰だって岩っこ ろの1つや2つ楽に割れる。筋肉引きちぎって、拳の骨を粉々に砕くって代償さえ払えば ね。だから普段はストッパーが掛かってる。無駄に自分の体を壊さないようにするために、 さ』
「つまり、野兎の体が壊れるのを承知で、あなたはそのストッパーとやらを外した」
『つっかかるわね、坊や』
 その人は、ゆっくりと顔を上げた。
 悪戯好きの少女のような笑みが、口元に浮かんでいる。心底を見通すような眼差しで、 瞳を輝かせている。
『坊や、さっき臭い台詞を吐いたね。
「こいつを助けたいと思うと、俺の中から信じられない力がわいて出てくる」
 どだい、闘気だけでそっちの虎坊の剣をはじき返すなんて芸当、普段の力じゃできない だろう? お前は自分の体よりこのお嬢さんの方を護りたかったから、自分でストッパー を外した…無意識のうちに、だがね。
 で。このお嬢さんの方も、自分の体より坊やの方が大事だった。でも、どうやったら助 けられるかが解らないみたいだったから、あたいが教えてあげたのさ。思いっきりブーメ ランを投げつけろ、ってね』
「それだけの事で!」
 ガーシュインは見開いた目を血走らせた。
 抜き身のままぶら下げていた長剣が、細かくふるえている。
「たったそれだけの事で、この俺が負けたのかぁ!!」
 虎族の戦士は埃を巻き上げ走った。
 巨躯と長剣とを一体となさせ、ケティに躍りかかった。
 アルバートにも防ぐ暇のなかった、ほんの一瞬の間に、ケティは一つの呪歌を唱った。
 そして小さな拳をガーシュインに向け突き出した。
 部屋が急に明るくなった。
 いずこからともなく出現した炎が、渦を巻き、ガーシュインを飲み込んだ。
 炎の柱の中から、ガーシュインの悲鳴が聞こえた。
 埃の一粒一粒が、小さな炎の玉となって彼の体を被い、燃え上がらせているのである。
「『炎の剣』か!?」
 それは、狼族にのみ許された術である。
 しかも戦士であるアルバートでも使おうと思えば使うことができるくらい、初歩的で簡 単な術だ。
 普通は武器(拳や脚でもよいのだが)に精霊の炎をまとわせ、打撃によるダメージに炎 と熱のダメージを付加させて用いる。
 「彼女」は舞い上がった埃を自分の武器にして、その全てに炎をまとわせた。
 ガーシュインは火炎を呼吸しながら(恐らく、気管も肺も焼けただれているだろう)ふ らふらと後ずさり、床に倒れ込むとのたうち回った。
 やがて火は消えた。ガーシュインの身体以外のものは、何一つ焼けていない。
『術、っていうヤツは、こういう風に使うものだよ。精霊に任せきりで、自分の内に秘め られた力を使わないじゃ、本来の力の万分の一も出やしない。応用を利かさないとね』
 まだ息がある虎族の戦士を見下ろしながら、「彼女は」にっこりと笑った。

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